スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

クノール ご当地スープ


スイスで買ってきた ご当地スープ Basler Mehlsuppe を作ってみた。

JLに、あまりお勧めしないと言われていたが・・・・・ これは失敗

バーゼル風小麦スープ

はったい粉に、チキンスープの元を入れてまぜた味。

そうだよね、おいしければ、ミネストローネみたいに、日本に入ってきてるよね・・・



スポンサーサイト

9/11,12,13 Neuchatel FrankFrut OSAKA

http://picasaweb.google.co.jp/tkoichiro/20100911Neuchatel#

昼食後 NeauchatelからFrankFrutまで5時間 Baselから隣になった人がCERNの研究者だったのでビックリ。

フランクフルト駅 ホテルまでのUバーンの切符を買えずに途方にくれる。おばちゃんにきいてみたら、すごく親切な人で荷物から地図まで出して調べてくれた。

市内一泊後 帰国 

大阪は暑い ルフトハンザの機内プログラム 今回は外れ引いた

9/10 Alps 2




http://picasaweb.google.co.jp/tkoichiro/20100910Alps#

バイクを返しに、DAVOSから中央スイスまで。
かなり遠い。最短距離でも250キロ近くある。

最後なので、大回りをして、Oberalppass オーバ・アルプ峠とSustenpass スーステン峠を越えたい。

小雨の中、さらに山奥に向かって走る。 Overalpsは最高に面白い 日本でこんな走りをすると逮捕だが、スイスでは合法

Coopで食糧を買おうとしたら、 ホームセンターに相当する Coop Brico+Loisirs だったorz

アンデルマット 童話に出てきそうな美しい町。だが、このへんは峠を攻めるバイク族も多い。よく見るのがドイツナンバー

Sustenpass 山頂で日本人ライダーに会う。グローブを脱いで握手。今回の旅で日本人と日本語で話したのはココが最初

アメリカ人ライダーとも握手を交わす。先方は英語→ドイツ語→イタリア語 と切り替えてこっちの話せる言語を探ってくるのが面白い。
なぜイタリア語?

時間があれば Grimselpass グリムセル峠 からもう一度Fruka峠を走りたいところだったが、あと3時間でバイク屋まで行かないといけない!

峠をハイスピードで下る。

インターラーケンの絶景を楽しんでいる時間も無い

なんとか16時30にバイクを返すことが出来た。走行距離 1470Km(4days) 腰が抜けるほど走った。

ジュラ山脈とエンガディンに行けなかったし、FrukaPass も全走破できていないので次回の課題とする。脳内BGMは カリオストロの城 ときどき 暴れん坊将軍

夜、neauchatelのJean-luc宅 に帰還。夕食はイタリアンでした。うめー イタリア飯うめー

9/9 Alps



今まで、風景を見て泣いたことなど無かったが、泣きそうになった。
奥スイスとも言うべきvalais地方から、fruka峠に至る道は、本当に感動する。
ヨーロッパ人の考える草原と天国のイメージの原体験はこのへんなんじゃないかという風景。
写真は撮ったが、とても再現できない。

フルカ峠でパンを食う。引き返して、ヌフェネン峠を越える。
スイス連邦が整備したフルカ峠と違って、地方のカントン(州)が整備したヌフェネンは日本の峠道に似ている。
絶景ではフルカ、バイクでの面白さではヌフェネンかなと思う。

イタリアまで降りようとして力尽きた。北上

スイス軍のバイク集団に遭遇。Can I take your picture? と聞くと、
「誰か英語わかるやついねーか?」とかドイツ語で対応された。
若い軍人さんは英語はあまりできないらしい。
スイス軍の部隊は独語圏だけ仏語圏だけのメンバーで固めないようにするらしいので、一人は仏語の出来る人がいるので仏語で通じた。
快く写真をとらせてくれたけど、兵士の皆さんは「No! Facebook No!」って言ってました。

スイスの有名な温泉地 バートラガッツへ向かう。
ここと、マイエンフェルトはアルプスの少女ハイジのせいで、日本人が大挙して押し寄せた結果、HEIDILANDなる施設が出来てしまった。かなり微妙だ

HEIDILANDで給油。

クララが足の保養に訪れたという バートラガッツ温泉へ行く。面白さでは前回訪問したシュクオルのスパに及ばない。温泉で滑ってこけた。ひー

バートラガッツ温泉では車椅子の人もいました。長期滞在して温泉療養するそうです。

ただ、高度な温泉文化を持つ日本人から見ると、物足りなさは否めない。超でっかいスーパー銭湯(湯はぬるい)という感じでした。

国際会議で有名な町DAVOSでホテルを予約していたのだけど、小雨だし、夕暮れだし 涙目。
写真を撮る気力も無い。

夜、ホテルへ到着。DAVOSまで行くともう仏語が通じない

http://picasaweb.google.co.jp/tkoichiro/20100909Alps#

9/8 CERN(Geneve)


今日の訪問地はCERN(欧州原子核研究機構)
10時にCERNの粒子加速装置を見る一般向けツアーに予約してあるが、モンブランからCERNまでたどり着けるか微妙

モンブランからジュネーブへは高速道路で1時間強。燃料切れギリギリでジュネーブ着

日本で道に迷う人が、ヨーロッパで道に迷わないわけが無い。ジュネーブで道に迷う。CERNに30分遅れで到着
 
粒子加速装置のツアーは出発した後だった。
ツアーは午前がフランス語、午後が英語。15時まで待てば英語のに参加できるけど、夜までにアルプスへ戻らないといけないので辞退。

受付のおねいさんに頼み込んだら、哀れには思ってもらって、50人くらい入る教室で一人貸切でCERNの広報を見せてもらう。そのあと、付属の博物館で模型などを見る。

小説「天使と悪魔」では殆どSFな未来的な施設と書かれているが、
雰囲気は日本の物理系研究施設に良く似ている。
アホほど大きい粒子加速器を自分の目で見れなかったのはすごく残念。

写真はCERNのシンボル&ランドマーク、この玉っころは研究とは特に関係が無い。加速器は地中に埋まっていて見えないのだ

CERNは国際共同機関で、研究者間の言語は英語の様だけど、働いている人はフランス人が一番多く、サポートスタッフにはフランス語の方が通じやすい。 ちなみに拠出額は 独>仏 らしい

CERNグッズ 方程式の書いたTシャツを買う。わーい

---

午後 フランス領ANNEMESSEにあるスーパーマーケット(ミグロ)に入る。
客はすべて泥棒候補というフランス風の対応に憤慨する。フランスのここが嫌い

レマン湖のほとりを走る。天気は上々。スイスの温泉郷ロイカーバートまで行く。だーれもいない。

ふもとの町 Leukの宿に止まる。

http://picasaweb.google.co.jp/tkoichiro/20100908CERNGeneveLeuk#

9/7 suisse et mont-blanc




http://picasaweb.google.co.jp/tkoichiro/20100907Moto1#

雨雲がフランス語圏スイスを覆い、朝から雨。 あらかじめ予約したホテルを結ぶコースを通ると、ひたすら雨雲と同行する事になりそうで、涙目となった。
が、現地人の友人JLがバリバリと交渉してくれて、宿を変更し、コースを変更する。

①雨雲から逃げる様に、南スイスへ、さらに迂回してフランスへ
②雲が抜けた後のレマン湖畔を戻る
③中央アルプスからダヴォスへ
④帰還

これなら、たぶん大丈夫な筈

日本から持参したジャケットは、軽装すぎるとJLに説得され、ブーツと革パン以外は現地で借りた。
ジャケットは小さくてパッツンパッツンとなった。

雨の中、solothurn州 selzachにバイクを借りにいく。
ドイツ語圏なのでちょっと不安だったが、フランス語圏に近く 店主のおじさんは独仏英が話せた。

* ばーいーくヲカシテくだざーぃ
# わぁ、変な東洋人きた!

NT700かCB600どっちがいい?と仰る。普段乗っているのがNT400なので、NT700ならかなり嬉しい。荷物ケースもついて便利

雨の中を南下、予報ではアルプス以南は晴れているらしい。

kandastegまで南下 車のまま乗れる電車に乗ってアルプスを越える。15Sfr

そこから、フランス方面へ抜ける。快走路を西へ。

道に迷って、イタリア方面へ行きかけたが引き返す。

スイスからフランスへ抜けたところで国境の検問。中では、厳しいチェックが行われているのに、東洋人のバイクは無視された。

小雨の中、モンブランに到着。着いたら夕方だったので、モンブランへは上れず残念。

シャモニーの町にはソシュールという人の像が立っていた。言語学者ではなくて、同じ一族の博物学者 モンブランを探検した人らしい

夜、山のホテルレストラン 65ユーロナリ

走行距離250Km

9/6 Murten , Val-de-Travers

http://picasaweb.google.co.jp/tkoichiro/20100906SuisseRomando#

中世の城塞都市、Murten/Moratへ行く。ここはフランス軍(ブルゴーニュ公)がスイス軍と戦って、めためたに負けた古戦場。
ムルテン湖は今も、その呪いで血で赤く染まるらしい(本当はプランクトン)

スイスはこの戦い以降、国内で外国勢力と戦った事が無く、その後 中立国となったので、主体的に行った対外戦争は、その戦いが最後。
現在のスイスは重武装中立国だが、本当に強いかどうかは、実戦経験が無いので不明という事らしい。

ムルテンはフランス語も通じるドイツ語圏

---

Avenches の町まで電車で移動。ほんの10分でフランス語圏 ローマ時代にスイスの首都だった町。
今は、廃墟。Jean-Lucの上司と同僚とお昼を食べる。

NeuchatelのPCショップへ行って、MS Office 10 Student-Homeエディションのフランス語版を買う。

---

Val-de-Travers へ行く。

アブサンの谷。 

かつて非合法だったアブサン
 ・作ることができる。
 ・所持することができる。
 ・輸送することができない。(車に乗せたらアウト)

非合法だったので醸造所は見つかりにくいところにあったらしい。

しかし、この小さな村で非合法も何も無いものだ。醸造所のおじさんに、製造過程を見せてもらう。


最近、日本でイベントをやったらしい。Val-de-Travers をどう表現するか?
Jean-Lucはナウシカに出てきた「風の谷」の様な町だと言っていたが、まさにそんな感じだった。
山の中のU次型の谷であった。

夜、Val-de-Travers の近くの山上レストランでご飯。スイス人おばちゃん軍団がいた。おばちゃん軍団はどこの国でも強い

明日はバイクでスイスを回る旅に出る予定だったが、フランス語圏スイスを中心に天気が悪くなってきた。予定を変更せざるを得なくなってきた。

Geneve人はフランス人並みにダメなのか?

ジュネーブのバイクショップと交渉中 

「ばいくヲ貸シテホシイでーす」とか、そんなふーな怪しげなフランス語になっちゃってるんだきっと。

なんとも、商売っ気が無い 時差コミでも2日空く。バカンスで係員がいないとほっとかれる。という フランス気質。

んで、9/7から9/10まで予約できた筈だったんだが・・・・・

Nous sommes fermé du 09.09 au 12.09, nous ne pouvons donc louer la moto jusqu'au 10.09 mais jusqu'au 12.09.

(?_?) ん? 

「ご希望の日程で予約受け付けました。当社は9/9から9/12まで休みとなりますので、9/10までか9/12までお貸しできます。」

まぁ、論理的には

①7から11は予約は入ってないのでバイクは空いてます
②当店は9から12までお休みです

①と②は独立した事象だよね。 ・・・て、そういう事は、先に言え!

このやりとりで7日ロスしとる.

と、いう事でバイクレンタル計画は一旦リセット

こうなったら、ドイツ語圏スイスで探すしかないのか!

のかのか!
のかのか?

しかし、日本人なら、そこまで気が回るよね。やっぱりジュネーブ人はフランス気質に近いのか?

スイスは天国ではありません

スイスは天国ではありませんと言っているのは、他ならぬスイス自身。アフリカ系移民に対して、「来てもいい事無いんだから、来るな」と言っている。不法移民で入国した息子が父親に「全て順調で自分は大学に通っている」と電話をするが、実はホームレスであるという内容。スイスは移民に対しては排他的な国で、先の大戦の折りにも、「スイスはもう満員である」とユダヤ人の難民を追い返した経緯がある。ただ、このキャンペーン映像は別にスイスでなくても、EUでならどこでも成立する。特にフランス。しかも、この映像に対してEU連合も出資している。つまり、これはスイスの口を借りてEU自身がそう言っているとも解釈できる。

dans les alpes avec annette アルプス物語 わたしのアンネット

dans les alpes avec annette
ロシニエール, ヴォー州 (Rossiniere, canton Vaud) が舞台なので、フランス語圏。なので、OPもフランス語
実は、この話、殆ど見てない ツライんだもの・・・

トラップ一家物語のドイツ語版OPはどこかにないもんかのー

フランス・スイスへ行って来た 2006 しょにょ12

そろそろ帰路につかなければなりません。飛行機はチューリッヒ発が9/30,10/1共に満杯、10/01のフランクフルト発でようやくとれたという状況です。

出発時間が15時なので、SuisseのNeaucatelからだと、朝イチ7:00の特急でギリギリ。何かあったらリカバリー不能なのだし、朝バタバタしては泊めてくれているJean-Lucとsergeにも悪いので、前日(今日)の昼食後に移動する事にしました。

朝、Neauchatelの駅で切符を購入。 駅のパン屋さんで朝食のパンを購入。去年も見た美人の店員さん発見。あの人は独身でしょうかね?

200609301.jpg朝食後、ヌーシャテルの朝市を見て回ります。
2mもあるでっかいパンとか売ってて面白い

このへんは文化的にはフランスに近く、80も「かとばん」(4-20)と言います。ユイタンというのは、レマン湖の周辺のヴォーあたりまでだそうです。そのあたり、なんとはなしに、ヴォー州とは違うのだよ と言いたげな感じでした。

昼食は朝市で買ったばかりのトマトサラダとパテとソーセージ。土曜の昼はこういうパターンが多いそうです。


昼食後、駅へ。Jean-LucあんどSergeとお別れ。今度日本にきたら、お礼に芸者でも呼ばないといけませんな(むりむり)。
彼らには激しく感謝です。

13:27発の特急でバーゼルまで。激しくゆれる電車で乗り物酔いしそうです。
bien/bienne まではフランス語圏、その先はドイツ語圏とフランス語圏の間を進みます。途中の駅ごとに、
  • PROCHANE ARRET ---

  • NAECHSTER HALT ---

上のフランス語のほうは 「次の停車駅」という意味なので、ドイツ語のほうもそうだと思います。
駅の所属する言語圏に合わせて言葉が変わるのが面白いところ

200609302.jpg13:54 Basel SBB 駅到着。下りたところで、間違ったところを下ろうとしたら、同様に間違ったところを下ってしまったらしい、ゴージャスな出で立ちのモデル風黒人女性に、「ここじゃないよ」と仏語で教えてもらえました。

乗換え時間10分強なので、急いでDB(ドイツ鉄道)のフランクフルト行きのホームまで行きます。この電車でいいかホームの駅員に聞いてみます。まだスイスなので、フランス語OKだろうと思ったのですが、基本ドイツ語で英語もOKという感じだったので、英語に切り替えざるを得ませんでした。ツエルマットとか、まだフランス語も通じたのでずいぶん楽だったなぁと(あそこは日本語もOKそうではあった)思ったものです。



ゆるゆると電車出発。国境でさっそくコントロール(車掌)さんの巡回。でもパスポートチェックは無し。おばちゃんの車掌の方がおっちゃんの車掌より親切げ

そんなこんなでドイツです。ハンブルグ、もう何がなんだか、アナウンスも車掌も何言ってるかまーったくわかんねー。 たまに英語のアナウンスも入っているっぽいのだけれど、ぜんぜんわからない。車掌が言ってるのも や~ と ないん と だんけ しかわからん。とりあえず、だんけだんけ と言っておきました。女の人もドイツ顔増えて、ちょっとコワイです。(そうです、ドイツ顔ちょっとコワイんです)

18:00になってフランクフルト中央駅到着。暇そうにしていたドイツ鉄道の制服のおっちゃんに道を聞いたところ、めんどくさそうに追い払われました。こういう小さいことの積み重ねでその街、その国が嫌いになります。逆もまた然りで、日本人として、日本へ帰ったときは気をつけないといけないといけないと思いまス。対して通りすがりのお爺さんなどは、こっちがわかってるかわかってないかにかかわらず、ドイツ語で親しげに話し掛けてくる。 わからない、ここの人達の種類がわからない・・・・。

不思議なことに、フランス語を使うときは、脳のフランス語解読部分が使われるのですが、ドイツ語を聞くと、英語解読の部分が起動されてしまうので、かなり混乱してしまうのでした。

ネット経由で急遽予約したホテル。通常300ユーロがなんと期間限定54ユーロという触れ込み。チェックインしてみるととても300ユーロの部屋じゃない、そら、立地条件込みで54ユーロだろうという感じの部屋でした。ホテルのロビーでは日本人のおっさん達がエロ話に花を咲かせていました。歌舞伎町がどうとか、こっちの○○○は×××とか。まぁ、フランクフルトはそういう町だそうですケド。

チェックインを済まして、さて、どうしよう・・・。せっかくなので旧市街でも見に行くかと出かけました。

中央駅はサッカーの試合前で危なそうな人が大量にいて、そこかしこで奇声を発しています。ドイツ人は大柄ですから、こういうのが集団になると怖いです。ワールドカップのときの京都の四条大橋も大はしゃぎする若者が大量にいましたが、まだ少年達が何もわからずに騒いでいるようなものでたいした事ない感じです。ですが、こちらでは、武装警官がヘルメットと銃を装備して出動。こえー

駅でどう行けばいいのか聞いたのですが、あまり良く通じませんし、おざなりな対応をされます。ドイツへ入ってから、結構冷たい対応が続くので、たいへん凹みます。私の英語の発音が悪いのか、ドイツ語じゃないから不味いのか、とっさのフランス語が悪いのか、忙しくて旅行者の相手を出来ないセカセカした街なのか、たぶん全部でしょうが、仏語圏での威勢の良さはどこへやら、最終日になって外国に来た感がひしひしと襲ってきたのでした。
こっちの人は英語が通じる人もいるけど、やっぱり日本で英語使う外国人と同じような対応をされるわけです。相手国の言語を喋るのは本当に大事ですやっぱり。

フランクフルトの自動券売機は行き先コードを入れて、お金を入れるのですが、これがさっぱりわかりません。適当に買って、路線図見ながら電車にのりましたが、行き先間違ってる気がする・・・。って、ホントに間違ってる。気が付いたら、地上の吹きっさらしの駅でぽつねんと一人立っている有様。しかも、雷がゴロゴロ鳴っていて・・・ 数分後 夕立どしゃー! 傘持って出るのわすれて凹みます。本当に疾風怒濤という感じの雨です。厳しい

しょうがないので、駅でぼさーっと引き返す電車を待ちます。ドイツの電車もボタン開閉式ですので、誰かがボタンを押すまでドアが開きません。つまり、最初にドアを開ける人が長く濡れる事になります。
ドイツ人のお爺さんが、「若いの、わしは老人で足が遅いから、お前さん、走ってってボタンを押してくれ」とかなんとか言っている模様、むろんドイツ語ですからわかりませんが、このお爺さんが愛想良くよく笑うので、今までのフランクフルトへの悪印象は少し和らぎました。

しばらくして電車到着。女学生風の子が走ってってドアを開けてどやどや乗り込みました。で、また乗り換え間違えですよ。はうぷとばーんほふ へ行く筈が はうぷとばーんほふ・すーど 地上に出てから間違っている事に気づきました。SバーンとUバーン違いもよくわかりません。元々ドイツに滞在する気が無かったので、下調べ全くしていないのが災いしています。 UバーンだかSバーンだかをくるくるさまよってしまう。フランクフルト・・・嫌いだ。ただ、治安は良いらしく、身の危険というかそういうのは殆ど感じなかったです。ただ、わけがわからず、孤独。

やっと中央駅へ戻った時には、もう10時近くなっていました。お腹すいた・・・。駅にはマクド・・・。またマクドかよ! 次にマクドへ行くのはドバイのアラビアンバーガー食べる時と決めていたので、アジアフード店にしました。
鶏と野菜の炒め物と焼きそばをオーダー。アジア系の店員の店で、英語も通じました。レジの打ち間違いでちょっとモメましたが、先方のミスだったのですんなり解決・・・。で、炒め物も焼きソバもちゃんとアジアしていて旨かった。 駅の構内で、アジアンフードが腹に染みるのでした。

ヨーロッパ最後の夜。やっとこホテルに帰り着きました。有料エロチャンネルでも見ますかね~っと、料金は・・・12ユーロ50サンチーム・・・ そんなに払えるか
もう寝る!

フランス・スイスへ行って来た 2006 しょにょ11 Zermatt

なんか、スイスへ入ってから夢を見まくりです。
知らない教授陣を相手に公聴会を開かれて、ひーひー言わされる夢を見ました。発表している内容は自分の研究とスイスの山の生態についての発表がごちゃごちゃになった変な夢でした。

200609291.jpg200609292.jpg

朝のマッターホルン。たいそう美しいものです。
ホテルの朝食後、今日の行き先を決めます。最初提案されていた 難易度3のコースは、途中で凍った道がある上、時間的余裕があまり無い。さらに、昨日歩いたときに、私があまり歩けそうに無いのが判明したので、難易度の低めのコースにしてもらいました。

200609293.jpg200609294.jpg

スイスの下着メーカーのポスターと
スイスのなまはげ(スキー付き) スイスのなまはげはスキーで追いかけてくるので逃げきれない!

ケーブルカー駅へ行く前に、Sergeがスイスアーミーナイフを中国の空港で没収されたので、買わなきゃと みやげ物屋に行きました。スイス人的に、一個は持ってないとダメらしい。ハイキングのときにチーズやパンが切れないじゃないか という事らしい。

20060929h1.jpg20060929h2.jpg

みやげもの屋 ハイジ率高し。ここはハイジのいるグラウヴュンデン州じゃないのに・・・

200609295.jpg各駅に「○」が点灯していれば、そのラインが動いているという事です。予定していた一駅前までしか辿り着けないという事がわかりました。


200609296.jpgSunnegga(2293m)駅まで、地下ケーブルカーで上がって、そこから軽ハイキング。Laisee池に浮かぶ逆さマッターホルンです


200609297.jpgGrindjiseeまで登って 昼食はハイキングスタイルでした。
そこかしこで、みなさんお弁当を広げています。すでに人の少ないシーズンに入っていて、かなり空いているんだそうです。例年、8月とかはこのあたりはハイキング客だらけになるそうです。


200609298m.jpg今回の最高標高 何mかは知らない。時間が無いので、ここまで。
今回は、そんなに死んでまうルートはとおりませんでしたが、後半ずーっとガケ沿いの道だったので、高いところの怖い人にはお勧めできません。こういう時は足元だけ見て景色を見ない


上空にスイス軍の戦闘機が旋回してました。ミラージュ? と聞くと えふでぃずゆい(F-18)と言ってました。兵役でスイス空軍に所属していたJLとSに「アメリカ製とフランス製の兵器をごっちゃに運用するのは大変じゃないの?」と聞くと、ライセンス生産だからそうでもないという事だそうです。
出発から5時間ほどでくるっと一回りして、出発地点まで戻ります。

200609299.jpgマーモット観測点の標識。こういうのが道々に4つほどあって、日本語の解説付き!


20060929a.jpg建設されたばかりのリフトには羊がたむろしてました。リフトのテストが始まったので羊達はおっさんに誘導されて山に戻されたのでした。


麓 ツエルマットの街でハッピーアワーのケーキセットを食べて一休み。スイスなのに、4フランと格安。

帰り、電車の時間まであと僅かという事でかなりバタバタして帰ってきました。
後部座席で爆睡しているうちにNeauchatel到着。とっぷりと日が暮れる前には帰ってこれたのでした。

大変すばらしいところでした。jean-LucとSergeにはたいへん感謝感謝です!

20060929b.jpg夕食はJL宅でカボチャスープと玉ねぎのピザ?


疲れきっていたので、早く休みました。

20060929c.jpg激しく和風なJean-Luc宅。伏見の酒瓶と信楽の狸

フランス・スイスへ行って来た 2006 しょにょ10 Zermatt

スイスの朝です。昨晩は激しくファンタジーで夢と冒険と愛のエンターテイメントな夢を見てしまいました。さすがはメルヒェンの国です。

今日はJean-LucとSergeに無理を言って、スイスさいこーの保養地であるZermattまでつれて来てもらいました。超ゆーめーなMatterhormです。

200609280.jpg朝、9時に車でNeauchatelを出発。Bernからどんどん南下して kandersteg で車ごと電車に乗って、Vispへ、山々が見えてきました。途中、サンタクロースだらけの場所があったので???と思ったら、St Niklaus という街だった。
このへんは、中央道で長野のほうへ向うのとおんなじ雰囲気かもしれません。運転手はjean-luc & serge で、私は助手席で「すげー」とか「ひゃー」とか言ってました。


200609281.jpgお昼過ぎ、Täschへ到着 山の麓の村 Zermattはガソリン・ディーゼル車での乗り入れが禁じられているので、ここにある大型駐車場に車を置いて、電車で街まで上がります。
もう完全に観光地です。キオスクで日本の新聞なども売られています。とにかく、交通費がめちゃ高いのに、ホスト側が有無を言わさず払ってしまうので、大変恐縮で、感謝感謝です。


麓の街Zermatt到着。ガイドブックにも書かれていますが、日本人率20%越えてます。
20060928j0.jpg20060928j1.jpg20060928j2.jpg

「みなさーん、今から山のほうへ参りまーす」とツアーの引率が叫んでます。日本語の看板も多いし、実は、ここは長野なんじゃないのか? という感じです。
そして、ここは、靴屋が多い。登山靴屋、スキーウェア屋がひしめいている感じです。あと、多いのが時計屋。スイス物産展街へようこそ という感じです。
ツエルマットと妙高は姉妹都市だそうで、記念碑が立ってました。いや、やっぱりココは日本の妙高ではないのだろうか・・・

ホテルへチェックイン。はげしくスイートな2LDKに通されます。すげー、支払いは大丈夫か! 値段はJLが見せてくれませんでした。

200609282.jpgご飯はスイス伝統料理 コンソメスープ ソーセージの煮たのとポテトでした。


200609283.jpg登山列車でGornergrat(3087m)へ登ります。運賃高い! ここでもスイス共通割引パスが有効だそうです。これは、スイスパス買っきてても、元とれた気がする。
電車のアナウンスは、ドイツ語、英語、フランス語、日本語で入ります。やっぱりココは日本じゃないのか? でも、各国語でのアナウンスが長すぎて、日本語で、「ドアが閉まりますから御注意ください」と言っている時には、もうドアは閉まって出発していると言う抜かり具合がイイです。



200609284.jpg40分で3000mまで登ります。空気薄い~。
到着。スイス最高峰と言われるマッターホルン。激しく絶景です。もう何と言いましょうか、とりあえず「すげ~」

200609285.jpg200609286.jpg

山の上にある天文台付きの五つ星ホテル。

さらにこのホテルの上を少し行くと
200609287.jpg

名古屋大学の太陽中性子天文台! やっぱ日本に帰ってきてしまっていたのか!(って、ベルン大学との共同機関)

200609288.jpg


200609289.jpgこんな険しい山頂に、自転車禁止の標識。
こういうところに自転車で来る人を日本語ではバカといいますが、高山鉄道は自転車持込可なので、バカが多いそうです。


せっかくだから、下りましょうと 日本から持ってきたガイドブックにない道(現地のガイドにはある)を下りる。ひー 死ぬる~ 
20060928a.jpg20060928b.jpg


20060928d.jpgムッターホルン母岳と手前がキンダーホルン子岳 って、あれはキンダーホルンじゃないし、マッターはムッターじゃないよ と突っ込み入ります。いいんだよ、日本人にはわかんないんだし


DNA.jpgDNAの形の雲。こいつは縁起がいい


登山鉄道一駅分降りて、もう一度上まで上がる事にしましたが、コントロールのおっちゃんがいて、一駅分の料金を取られました。往復チケットでも、下りてもう一度登るのはダメだそうです。

20060928e.jpg山頂のホテル。レストランでカフェオレなど飲みつつ。終電までマッターホルンを眺めて待ちます。こういう時に山で飲むのはショコラと決まっているよーです。おねーさん、やっぱりボクもショコラにして~って、あ 行っちゃった。ま、いっか


気温 0度なので寒いです。終電でZermattまで下りました。
終電は行きと違って、ひとつかふたつしか貨車が無い。途中、狩人の人が乗ってきました。獲物は持っていませんでした。年間に猟で捕まえられる動物の数が厳しく制限されているそうです。

夜のZermatt街。日本人のおばちゃんたちが「マネキンの顔も外人の顔しとるねぇ」とか色々と言いたい放題言いながら回ってました。やっぱ、ここは・・・(以下略)

20060928f.jpg夕食は、ジビエ(狩人のとってきた肉)かフォンデユかという事で、フォンデユにしときました。食ったこと無いので。白ワイン入ってて、とってもアルコール分多し。食べているだけで酔いそうなのに、白ワインも出てしまいます。ふ~。店内の客は何故かフランス語話者だけでした。おもしろい。おっちゃん一人へべれけになって、仏語とドイツ語が混じってぐだぐだになっていました。地元の人っぽい


ホテルです。なんと、寝室×2 トイレ×2 バスタブ×1 シャワー×1 キッチン×1 です。ヨーロッパ人はこういうホテルに長逗留するんだそうです。特に、スキーシーズン。今回は一泊のみなので、キッチンは施錠されてました。

JLとSとホテルのおっちゃんはフランス語を話してくれてるのですが、キモの会話はスイスドイツ語でしてるので、ところどころわかりませんし、おっちゃんのフランス語はかなり訛りもあって聞き取るのが一苦労です。ただ、メルシーはスイスドイツ語でも使われるので、ダンケが出ずにメルシーといってしまう私でも気持ちよく対応してもらえるのでした。まぁスイス人は観光立国に何が必要かよーくわかっている人たちなので、旅行者には親切なんでしょうけど

ホテルの近くには墓地、登山で無くなった人も葬られているそうです。夜中 蝋燭が捧げられていて、綺麗な感じでした。
「ここはゆーれい出るの?」
「アルプスはけっこう出るねー」
「でも、スイスドイツ語分からないから大丈夫だね?」
「いや、Zermattだと日本語で話し掛けてくるかもよ」
町にあふれている日本語の表示を見ているとそんな気がしてきたよ。

と、いう事で、明日はハイキングです

フランス・スイスへ行って来た 2006 しょにょ9 La Chaux de Fonds

20060927.jpgJean-LucとSergeはお仕事なので、ひとりでそのへんを回る。
もう一度レマン湖方面へ出て、Morgesにある軍事博物館(真鍮の人形)か 北側に出て時計の街La Chaux de Fondsへ行くか悩んで、La Chaux de Fondsにした。 切符買うときに、?という顔をされる。Le Chaux de Fondsと定冠詞を間違えていた。coopで炭酸入り水購入 60サンチーム つーことは、ペットボトル一本で55円くらいですよ。切符。今日も高かった。結局、往復ともコントロール(車掌)は来ないまま、到着。


お昼ご飯、駅前にミグロの大型店舗があったので、ミグロのレストランへ行く。今日の料理などをカウンターから取っていく形式。付け合せは色々選べるのだけど、知らない食材も多くて、難易度高い

200609271.jpg何たのむか悩んだのだけど、まえのひとと同じのにした
「めーむしょーずぷーるい」 前置詞の使い方が違う気がするが通じるのでいいです。
「めーむしょーず○×△す、ムッシュー?」と丁寧な言い回しで答えてくれた。こういう時にしっかり聞いておかなければいけないが、ぼーっとしてたダメなあたし。
今日のプレート11フラン スープ2フラン パン0.8フラン 大体1300えんくらい。
旨い。この黄色い付け合せは去年もウンター・エンガデンでも食べたが、こっちの地方で一般的なパスタの一種だったのか。量は多い


200609272.jpgんで、時計博物館は駅から歩いてすぐの距離。
一箇所にみゅぜが集中していて便利。子供の遠足とかでよく使われるらしい。そういえば、着いた時 駅には子供が多かった。

意外と思われるかもしれませんが、スイスの時計産業の中心はフランス語圏にあります。カトリック対プロテスタントの戦いで、大勢のプロテスタントがフランスから移住してきた中に、時計職人が多かったというのが発祥だそうです。


200609273.jpg200609274.jpg

入り口でチケットを購入して「めるしー」と言って中に入ろうとすると、「めるしーというのはまだ早いわよ」と言われる。なんのこっちゃと思ったら、ロッカーのカギをわたされて、ひとくさり注意事項を説明された。
なんせ持ち出し可能な大きさのものばかりですから、手荷物はロッカーに入れろという事だった。チェックも厳重です。

ここの売りは機械時計の自動人形。かっこいいですな。これらは月に一度、日曜日に動いているところが見えるそうです。そういえば、この旅行で最初に行ったStrasbourgのカラクリ大時計もスイスの職人がどうのこうのという説明が入ってたので、ここの人が修理とかに行ったのかも

頼めば学芸員さんが色々解説してくれるらしいのですが、そこまで仏語力ありませんから、館内のPCで説明を聞く。
時計の重要な革命のいくつかはココ スイスで行われ、小型化により、ついに腕時計まで完成させた。しかし、日本による電子式ムーブメントの完成により、大打撃を受けたのだった。と、博物館自身が言ってました マジで。日本人として、どうもすいません>スイス時計職人。

で、見終っちゃった・・・ どうしよう。

しょーがないので、ツーリストオフィスに行って聞いてみました。暇そうなお姉さんが一人。
「この街にはなにか見所はありますか?」
「時計博物館ほか、3つの博物館が集まってる公園があるよ」(今行って来た)
「他には?」
「自然の博物館があります」
「自然科学の?」
「自然の動物 生きてない動物の博物館です」(ねぱ びばん とか表現した つまり剥製とかだと思われる)
「どーぶつたち、みんな・・・ しんでるの?」
「生きてるど~ぶつが見たいなら、この上に蛇の博物館があるわよ」
「へび? ま、面白いかも」
「小さな動物園があってその中にあるよ。無料」
「ほー、じゃあ行ってみます。めるしー」
と、お姉さんにお礼を行って、そこまで行ってみました。徒歩数分。ホントに小さい動物園でした。で、無料。
入り口にお金入れる箱があったので、小銭入れときました。
動物園自体は近所の子供達の憩いの場という感じでした。

で、さすがに行くところがないので、駅に戻って帰りの電車待ち。
で、どこにでもバカっプルはいる。ここスイスにも
で、もちろん駅のホームでぶちゅぶちゅべたべたしている。
ここはフランス語の勉強もかねて、わざとバカっプルのとなりに座り、フランス語のわからないガイコクジンのふり(というか、ふりでなくてその通りだが)をして聞き耳をたてる。
しかーし、たわいの無い話をしてるなー。
「あれはいい感じだったよねー」
「そーだよねー」
(ぶちゅぶちゅぶちゅ)←音がするほどちゅー
と、そういう繰り返しなので
あんまし仏語の勉強になんないなー
隣の東洋人お構いなしかい~

200609276.jpgNeuchâtelへ帰る。電車の中で寝てる間に到着。幸い、終点なので寝すごしても大丈夫っぽい
Neuchâtelの駅から旧市街の方へ行ってみました。なんかお祭りのよーなことをしている。


夕食はレストランでビーフ。量が多そうだったので、mainだけにしておきました。これもまた、うまかった!
200609277.jpg

フランス・スイスへ行って来た 2006 しょにょ8 le lac Leman

200609261.jpg船でEvianからLausanneとVevey経由でMontreuxへ移動。パスポートチェックの様なものは無し。
シーズンオフのためか、乗客は少ない。Vevey~Montreux間でイギリス人?の兄ちゃんに話しかけられる。ピアニストで浜松のヤマハにいたことがあるとか言っていた。どっかで聞いたことあるシチュエーションだな・・・。


ここはイギリス貴族の保養地として発展したので、今もリッチでハイソな方のための保養地である。物価ははげしく高い。語学学校やホテルマン学校もあるので、東洋系率も高い。こっちもカジノ多し。レマン湖はスイス側が平地が多く開けていて、フランス側は山になっている。

食事、サンドイッチとワッフルと水で11フラン 高けぇ! で、支払い済んで横を見ると、日替わり定食13フラン。激しくしてやられた気がする。

ツーリストインフォメーションで地図をもらって、Château de chillon (シヨン城)へ。バス停の自動券売機に3フラン+2ユーロ飲み込まれてさらに凹む。バスの運ちゃんに聞いてみたら、バスの最後尾の券売機で買ってくれと言われる。何事も授業料だと思おう。Chillonまでは8分 ここはバイロンの詩で有名なったそうです。

200609262.jpg入り口で、「どこの国?」と聞かれて一瞬何の事かわからなかったが、パンフレットの言語をどうするかだった。仏語と日本語の両方をもらっときました。中学生の団体と入れ替わりに入場。
ドイツ語と英語の団体さんがいる。 このドイツ語がドイツ人なのか、ドイツ語圏スイス人なのかは判別不能。


200609263.jpg200609265.jpg


200609264.jpgシロン城の中を登ったり降りたり。途中、カメラの電池がヘタってきて、あまり撮影できませんでした。残念。
一応、天守閣までひとまわりしたのだが出口が分からない。たぶん、この牢屋のような策が出口・・・。同様に躊躇しているイギリス人と思われるお婆さんと小母さんが、こっちをむいて、
「デカイお兄さん、先に下りてみてくれない?」
というので降りる。ちゃんと牢屋ではなくて出口だった。
で、やっぱりおばちゃん達から日本人?と聞かれる。


湖のほとりでほけ~と休んでいたら、物乞いに金もってないか?と聞かれる。
帰りは城からMontreuxまで歩いてみる。足痛いのに・・・・

200609266.jpgMontreuxのミグロで弓道ドリンクKOMBUCHA発見。ミグロはスイスを全国展開しているスーパーなので、ここのミグロにあるという事は、他の街のミグロにもある。つまり、この飲み物はスイスではメジャーだという事だ。
中国四千年の禅と弓道の味。東洋人は毎日飲んでるよ(ウソ)。を久々に飲む。う~やっぱり美味くない!


MontreuxからLausanne経由でNeuchâtel行きの切符購入。非常に高い。スイス人は通常、鉄道料金が割引になる定期の様なものを予め購入しているのだそうだ。登山列車やケーブルカーの様なものまで対象になっていてビックリした。外国人のためのスイスパスやスイスカードだけなのかと思っていたが、そうでもないらしい。

Lausanneの公衆電話でJLに電話。この案内のICNと書いた電車に乗っていいのかいね? 寝たらbernまで行ってしまうので危険。
大荷物で乗車。スイスは観光立国なので、大荷物の乗客が多いが、通勤通学時間と重なってしまったので、スイスの高校生達と相席になる。「荷物、どかしてもいい?」と聞くので、「もちろん」と答える。見た目はちょっと怖い目のマグレブ系の兄ちゃん達だったが、会話は高校生で、テストの点数とかマンガ(もちろん日本の)とか、そんな話をしていた。

Neuchâtelの駅にJean-Lucが迎えに来てくれていた。彼の家は駅から歩いてすぐ。JL宅到着。到着とほぼ同時にSerge君も帰宅。

夕食は彼らの自炊。トンカツとラタトーユと米でした。うめぇ
200609267.jpg

PageTop

プロフィール

koichirot

Author:koichirot
理系素浪人

すきなもの 弓道、神社、いぬ、和服、児童文学、抹茶、煎茶、紅茶、日本庭園、膨らみ袖の服、冬、雪、和菓子、雅楽、おフランス、ベレー帽、サイエンス

ルーブル美術館へ行って、窓から中をのぞくだけ
ブルゴーニュへ行ったのもかかわらず、ペットボトルのワインを飲む。
でもアンヴァリッド(軍事博物館)には2回行きました。
そんな人です。あたくしは

過去の日記はこちらです。

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
BlogPet

ブログ内検索

RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。