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へうげもの3

へうげもの 3 (3)へうげもの 3 / 山田 芳裕 (2006/08/23)
前回の意外な引きから、三巻。作者は戦国時代を美という観念で記述しようとしているよーな気がする。しかも、美を主張する者達が、それぞれの美意識を相対的なものと認識しているあたりが、現代的。

武人として生きるか、数奇者として生きるか、これを現代に投影して、仕事人間として生きるか、趣味人として生きるかに重ねたりしてはいけない、古左は数奇者としては突出してスゴイのだ。

僅か一巻で四名が頭を丸めたこの巻を「禿げの巻」と名付けたい。次の巻では、あのお方が頭を丸めて偽名になるのではないかと踏んでいるのだが、どうだろう?


五山の送り火

おくりびおくりびおくりび

大文字焼きでなく、五山の送り火。京都人はかなりの確率で大文字焼きというと訂正する。私は京都人ではないので、大文字焼きと言います。
薬学部の屋上からは、大、法、舟形 を見ることが出来ました。他は一部欠けていたりして、ダメでした。

で、帰りの交通機関は馬鹿が大挙して乗っていて辟易しました。いや~ん

陶器祭

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陶器祭に行ってきました。正直、こういうのの鑑定眼が無いので、数奇の道、へうげものへの道は遥かに遠いものの、あ、いいな と思うのは手が出ない値段だったりするのでした。
200まんえんの値札のついた かいらぎ茶碗触ってきました。20万円だったかも。触るだけならタダ
想像してた以上に楽しめたのでした。

万灯祭

万灯祭万灯祭万灯

多賀大社で万灯祭+盆踊りがあったので、夜中、うちの親と犬とともに行ってきました。
田舎のお祭りでしたが、かえて和っぽい感じでよかったです。
うちの家の近所のような商業地は、中途半端に頑張って、今風の若い人たちがどこのものともしれない踊りを踊ってるので、なんか祭りという感じがしないのですが、田舎のお祭りはいいですね。
うちの犬はこういう人ごみは嫌いで、ちょっとご機嫌が悪くなります。

なつのただしいきゅうじつ?

じんじゃーやまーみずうみー

ゆかたまつりーおこのみやきー

今日は弓道の20射会でしたが、9:30までにU市になんて、とてもいけませんし、中らなくて鬱入るのわかってましたので、起きられるワケなかったのでした。昼まで寝たおしました。

んで、にちよーなので、おでかけ

じんじゃ~

やま~

みずうみ~

ゆかたまつり~

おこのみやき~

げぷー食いすぎた。

尺八コンサート

尺八コンサート京都駅前で尺八コンサートがあるというので、フランス人JMに誘われて行ってきました。昔の同僚でもあるドイツ人N嬢も演奏者として参加していますので、久々に聞きに行ってきました。一時間ほど早く着いたので、スタバでペーパー読んで時間つぶしてから行きました。会場まで行ったところ、N嬢の出番のよりかなり前でした。これが出番後だったりすると、何しに来たのかわからない。
実のところ、スタバで読んでたペーパーのリファレンスに昨日思ってた事に近いことをしているらしきペーパーがあったので、気になって気になって、演奏中はやや上の空でした。
和服+袴で行ってきましたが、これが暑い上、演奏が長いのでもうバテバテになってしまいました。その上、虚無僧の演奏中に、かなり激しい雨が降りまして、演奏が中断になるわ、着物も濡れるわで、大変でした。

演奏後、JMに誘われてきたY嬢が宵山に行こうと言うので、JMも私もブツブツいいながら付いて行きました。(フランス人&フランスかぶれなのに、女性にやさしくない私たちです(爆))
で、予想通り、地下鉄を出たところで、あまりの人まみれ+湿気にゲッソリしてしまいました。人ごみに対して「おまえら死なせる」という感じで殺気まで放ってしまいそうな勢い。
西側の山鉾周辺のあたりに行くならそれほど被害も無いのですが、Y嬢が同僚たちと河原町通の大丸で待ち合わせしてるというので、人ごみにもまれながら大丸まで行ったのですが、JMと私はその時点でグダグダ・ヘロヘロになってしまい、Y嬢を置いて、そのまま三条へ抜けて帰ってしまったのでした。ホントにわがままな私達です。ま、サイエンティストはわがままでいいのです。
明日は巡行です。参加は正に自殺行為です。行かないと思います。京都へはいくかもですが

祇園祭

gion1gion2

巡行や宵山はとても見に行く気が起きませんが、宵々山の昼間くらいなら大丈夫ではないかと行ってきました。
京都駅~五条通~四条通~三条と抜けて 見てきました。
八坂神社のお祭りですが、儒教仏教神道がごちゃごちゃになっている上、キリスト教のタペストリーやらペルシャ絨毯やらが使用されてたりして、京都人(日本人)のいいかげんさというか、節操の無さというか、お願いできるもんならなんだって一緒という思想がにじみ出ています。

非常に暑い中、汗をかきかき、コレだけ歩けば痩せれるかとも思いましたが、途中の屋台やコンビニで食料やらアイスやらを補給しつつ進むので、逆に太るよ-な気もします。つーか、体重増えてるよ!

サムライ

最近 サムライという単語を良く聞く気がする。が、このあいだ「浴衣でサムライ魂」とかなんとかいって茶髪の兄ちゃんがだらしなく浴衣のような何かを兵児帯を腰の上で結んで着ている広告を見た。 もう怒りメーター、一気にMAXですよ。

おまえらは町人じゃ~

ああ、切り捨てたい、このバカ町人どもを切り捨てたい。くそう、今が安政年間なら大獄ってやるものを(おい)
あと、京都市営地下鉄で見る新撰組のコスプレのあんちゃんの広告。あれもなんか、非常に腹立ちます。気にしすぎですか そうですか。もう、士道不覚悟ゆえ斬首を申し付けたい。

しかしまー、頭を冷やして考え直してみると、士道不覚悟な侍も結構たくさんいたんだよな~。


士道、地に堕ちたり、つーか、堕ちっぱなし。
と、まとまりのないままこの項目終わる(司馬遼太郎風)

幕臣たちと技術立国

幕臣たちと技術立国―江川英龍・中島三郎助・榎本武揚が追った夢幕臣たちと技術立国―江川英龍・中島三郎助・榎本武揚が追った夢
幕末の人物で誰が好きかというと、この江川太郎左衛門英龍がかなり上位に入るのです。官僚というものはとにかく腐るものですが、腐らない有能な人もいるという査証です。それと、この人も共和制を夢見ていた節があるそうで、幕末の蝦夷共和国の流れもそれになにかしら影響を与えているのではないかと夢想したりします。ジョン万次郎を土佐から呼び出したのも彼です。
彼は幕末の動乱期に入る前に過労で死んでしまいますが、もし生きていたら、幕末の展開はかなり違ったものになったのではないかと思います。

五稜郭で死んだ技術官僚系侍 中島三郎助の話も侍として筋が通っていて、感動してしまいます。

余談ですが、あたしの曽曾祖父は彦根藩の下級武士だったので、あたくしの親などは、彦根藩主井伊直弼をえらい贔屓していて、「幕末=桜田門外の変」で後は知らんという人だったりします。
その後の彦根藩といえば、井伊直弼の死により、京都守護は会津松平家になり、所領を減らされ、あまつさえ、最後の将軍は水戸藩の流れを汲んでいるワケですから、士気など上がる筈が無い。そんなワケで本来、京都有事の際の要であり、西国からの反乱を食い止めるべき彦根藩は鳥羽伏見の合戦で、尊王側についてしまいます。
どうにも士道を通せるような状況では無かったようです。ま、わたしゃ事務処理系下級武士だったので、戦闘には参加してませんけどね(おまえじゃない)
そんな事もあって、この町では桜田門外の変以降の話は、あんまりしたがらないのかもしれません。
わたくしが、士道を貫いた中島三郎助などに、羨望を感じるのはそういうワケもあるのかもしれませんです。

最後にわたくしの良く使う言葉をもってこの項目終わる
士道、地に堕ちたり!(<ちなみに堕ちてるのは自分の)

千年のごめんなさいとたすけての都

 京都というのは日本であって日本で無いという感じがします。なんといえばいいのか、パリがフランスではなくパリなのだというのに近いのかもしれません。

 この京都の京都っぽさの原因は何かというと、室町時代以降、長いこと形式上の首都でありながら行政とは無縁な状況が続いた事、封建制度下の中で律令制国家の制度を維持しつづけた事などが、少なからず影響しているのではないかと感じます。感じているのであって考えた結果ではありませんので、念のため

 それと、神社仏閣の多さ。この神社仏閣も他の地域のそれとはどうも違うように感じます。どんどん分裂していった仏教の諸派がそれぞれ本拠地を京都に持ちつづけたというのも一因ですが、貴族や朝廷が各地方の神社や仏閣を勧請しまくったり、地方に左遷して死んだ人の祟りを恐れて神社にしたりとか そういう事をしまくった結果もあるのではないかと考えます。これ、すなわち、「神頼み」と「御免なさい」なワケです。
 常に何かに謝っているか、つねに何かに「たすけて」と言っている。そういう感じがします。京都というのは、千年のごめんなさいとたすけての都ではないだろーかと思うのです。(だれか賢い文化人っぽい人がそんな事を言ってたよ-な気がするなぁ)

ひびのくらし

さくら桜。はよ花見せんと散るんでないかな
暖かかったり寒かったり。ちょーし悪し
通勤経路上にマクド。朝ソーセージエッグマフィンの呪縛から逃れられず。
いきなり、打ち合わせやら会議やら多し。で、相手は某酒蔵で隣の部屋だった人。業界狭い
ウエットの専門用語がわからない。そのうち何とかなるんだろうか?
相関行列の行列式とか計算する。
あしたもがんばろ~ お~!


京都歩き

昼までぐーすか寝る。のっそり起きて、来学期のフランス語教室の受講申込に京都まで出る事にする。

正月の間 運動不足だったのでちょっくら歩いてみる事にします。

京都駅から八坂神社まで歩いてみます。五条烏丸から鴨川方面へ。途中のなか卯で食事。高瀬川のところに五條楽園と書かれた看板がありました。このへんはかつての遊郭が合った場所で古い街並です。今でもヤクザ屋さんの事務所やら、お茶屋やらあるそうです。危ないエリアなのかどうかは不明。

鴨川を渡って、裏道から安居金比羅さんへ。途中 幽霊子育飴の看板を見つけてビックリ。
ゆうれい こそだてあめ
まんが日本昔話か何かで知ったエピソードだったので京都の話だとは知らなかった。
なつかしい味


安居金比羅さんに詣でてから、八坂神社へ。
さすがに八坂さんは人が多いですな。

そこからバスで百万遍の日仏学館へ行き 来学期のフランス語教室の申込をする。さらに下鴨神社へ行こうかとも思ったけれど、日のあるうちに帰りたかったので、バスで四条まで戻り、寺町のパソコンショップをひやかしてから歩いて京都駅まで戻る。

たいして歩いてないのに、太股が痛い。なまってるのでしょーか?

和~

多賀大社へ初詣に行って来ました。
和服でビシっといく予定が、またしても雪で地面がビタビタ。しょうがないので洋服で行って来ました。
正月モード終了で、屋台も臨時売店も撤収モードの様です。バイト巫女さん達がわらわらと撤収作業をしてましたが、群れているところの写真はとれませんでした。残念。
んで、御神籤は大吉でした。実は大吉二連発です。こいつは縁起がいいぜ。
自分の選挙区の御神籤は良く当るという気がするので、たいへん気分がよろしい。

shiroその後、安土にある安土城博物館へ 復元された天守閣(の上2F部分)を見に行って来ました。最近、マンガ「へうげもの 1 」を読んでたので、ちょっと安土城が見たかったのです。
誰もいない貸切り状態でした。
うーん、ビカビカですビカビカ

と、いうことで、そろそろ正月モードも終りにしないと行けませんが、果たして可能でしょうかね・・・

へうげもの 1 (1)
へうげもの 1 (1)
By 山田 芳裕
    茶道とは物欲なのかかか!!!!
    どんな入門書を読んでも茶道が身近に感じられなかったのですが、この本を読んで、茶席へ行ってみたくなりました。オススメです

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プロフィール

koichirot

Author:koichirot
理系素浪人

すきなもの 弓道、神社、いぬ、和服、児童文学、抹茶、煎茶、紅茶、日本庭園、膨らみ袖の服、冬、雪、和菓子、雅楽、おフランス、ベレー帽、サイエンス

ルーブル美術館へ行って、窓から中をのぞくだけ
ブルゴーニュへ行ったのもかかわらず、ペットボトルのワインを飲む。
でもアンヴァリッド(軍事博物館)には2回行きました。
そんな人です。あたくしは

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